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第36回 史料整理の現場から(16)『義士伝附録』写本に描かれた 「忠臣蔵」討ち入り当夜

更新日:2025年12月12日

令和5年度に寄贈いただいた写本(しゃほん)に、元禄(げんろく)期(1688年から1704年)に起きた赤穂(あこう)事件に関わる逸話を、播磨(はりま)神東(じんとう)屋形(やかた)村(現兵庫県神崎(かんざき)市川(いちかわ)町)に居住していた人が、江戸時代末の嘉永(かえい)5年(1852年)に書き写したものがありました。表紙には、「赤穂四拾七士(しじゅうしちし)銘録(めいろく)義士伝(ぎしでん)附録(ふろく) 全」と記されています。
赤穂事件は、江戸城内での刃傷(にんじょう)事件で切腹に処せられた赤穂藩主浅野(あさの)匠頭(たくみのかみ)長矩(ながのり)仇討(あだう)ちとして、家臣である大石(おおいし)内蔵助(くらのすけ)(大石 良雄(よしたか))以下47人が吉良(きら)上野介(こうずけのすけ)義央(よしひさ)を殺害し、うち46人が切腹した一連の事件をいいます。それから約半世紀後、事件を題材にした作品が人形浄瑠璃(じょうるり)や歌舞伎の演目などで上演され人気を博して以来、様々な分野で取り上げられ、「忠臣蔵(ちゅうしんぐら)」として広く知られるようになりました。講談(こうだん)浪曲(ろうきょく)の演目では「赤穂義士伝(あこうぎしでん)」と呼ばれ、事件の経過を扱う本伝(ほんでん)、四十七士各人を描く銘々伝(めいめいでん)、周辺の人物を描く外伝(がいでん)から構成されますが、この写本の表題は「義士伝」の「附録」となっており、各伝とは別の意図をもって作られたものと思われます。

写本では、事件の発端となった元禄14年(1701年)の刃傷事件、赤穂城明け渡し、翌15年の吉良邸討ち入り、四家御預け(細川・松平・毛利・水野の四大名家に46人を勾留)までを箇条書きで記したのち、元禄16年正月に行われた評議により義士たちを呼び出し尋問を行うことが決定したという設定で、同月21日に行われた尋問の様子を描いています。なお、義士たちに切腹の処罰が言い渡されるのは2月4日のことです。
尋問当日は、老中(ろうじゅう)役宅(やくたく)大老(たいろう)若年寄(わかどしより)寺社奉行(じしゃぶぎょう)公事方(くじがた)勘定奉行(かんじょうぶぎょう)・町奉行・大目付(おおめつけ)らも列座し、大石内蔵助・吉田忠左衛門(よしだ ちゅうざえもん)小野寺十内(おのでら じゅうない)原惣右衛門(はら そううえもん)はじめ義士たちが残らず召し出された上、幕府側と大石内蔵助の間で一連の事件についての問答が行われています。その中で、討ち入り当夜の様子について羽織・股引(ももひき)などに錣頭巾(しころずきん)(注釈1)、(くさり)帷子(かたびら)(注釈2)を着用していたこと、進退の合図には太鼓のみを用いたこと、吉良邸に入る際に「火事」と呼び立てて人を起こし浅野内匠頭家来(けらい)浪人(ろうにん)の旨を申し入れたこと、12月14日の夜(15日早朝)は月の光で昼間のように明るく、提灯(ちょうちん)は一切持参せず、火の元には十分に気をつけていたことなど、当時の書状や証言とも一致する興味深い描写が見られます。史実としてこうした尋問が行われたことは確認されていませんが、史実を裏付ける史料をもとに、それらを交えて物語が創作されていることをうかがわせます。
毎年、12月になるとどこかしらで赤穂浪士の討ち入りの話題が取り上げられているようです。討ち入りがあったのは旧歴の12月14日で、現代の1月30日にあたりますが、「忠臣蔵の日」としては12月14日が広く認識されているようです。
(注釈1)(しころ)とはもともと兜の左右後ろの垂れさがった部分のことで、錣頭巾は火事装束の一部で垂れ下がった部分が火の粉や熱から顔や首を守る目的で付けられました。また顔や首周りを(おお)う頭巾の被り方を指し、顔を隠す覆面(ふくめん)的な要素もあったようで、「鞍馬天狗(くらまてんぐ)」などの時代劇でも目にすることもある装束です。ここでは「火事」と呼び立てるということからも、そうした扮装になったものと思われます。
(注釈2)帷子(かたびら)とは裏地のない一枚の布で作られた衣服で、今は白地のものにお経が書かれた経帷子(きょうかたびら)がお遍路で着用するものとしてよく知られていると思います。ここでは細かい(くさり)を編んで作られた防具で、(よろい)の隙間をカバーする目的や刀の斬撃(ざんげき)に備えるために身に着けたものを指します。
(注釈3)本記事は、『鎌ケ谷市郷土資料館だより』69号(令和6年12月1日発行)に掲載した「史料整理の現場から」18の内容に加筆し、再編集したものです。

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