更新日:2024年6月4日
新型コロナウイルス感染症の感染状況等に鑑み非核平和事業の開催はありませんでした。
なお、平和を願い、市民の方々より寄せられた折り鶴47,166羽は、平和への願いを込めたメッセージとともに、広島市(平和記念公園の「原爆の子の像」)に送付しました。
新型コロナウイルス感染症の感染状況等に鑑み非核平和事業の開催はありませんでした。
なお、平和を願い、市民の方々より寄せられた折り鶴8,234羽は、平和への願いを込めたメッセージとともに、広島市(平和記念公園の「原爆の子の像」)に送付しました。
新型コロナウイルス感染症の感染状況等に鑑み非核平和事業の開催はありませんでした。
なお、平和を願い、市民の方々より寄せられた折り鶴9,701羽は、平和への願いを込めたメッセージとともに、広島市(平和記念公園の「原爆の子の像」)に送付しました。
令和元年度は、被爆地である広島・長崎の実相や現在の核兵器の状況をより多くの方に知ってもらうために、ヒロシマ・ナガサキ原爆写真展を行いました。
また、「はだしのゲン」や「はだしのゲン2」など、非核平和を願うビデオの上映も併せて実施しました。
平成30年度は、被爆地である広島・長崎の実相や現在の核兵器の状況をより多くの方に知ってもらうために、原爆と人間展を行いました。
また、「はだしのゲン」や「クロがいた夏」など、非核平和を願うビデオの上映も併せて実施しました。
なお、本事業の中で、市民の方々より寄せられた折り鶴7,764羽は、平和への願いを込めたメッセージとともに、広島市(平和記念公園の「原爆の子の像」)に送付しました。
平成29年度は、被爆地である広島・長崎の実相や現在の核兵器の状況をより多くの方に知ってもらうために、サダコと折り鶴ポスター展を行いました。
また、「はだしのゲン」や「はだしのゲン2」など、非核平和を願うビデオの上映も併せて実施しました。
なお、本事業の中で、市民の方々より寄せられた折り鶴11,264羽は、平和への願いを込めたメッセージとともに、広島市(平和記念公園の「原爆の子の像」)に送付しました。
平成28年度は、被爆地である広島・長崎の実相や現在の核兵器の状況をより多くの方に知ってもらうために、ヒロシマ・ナガサキ原爆写真展を行いました。
また、「原爆体験談」や「はだしのゲン」など、非核平和を願うビデオの上映も併せて実施しました。
なお、本事業の中で、市民の方々より寄せられた折り鶴約4,272羽は、平和への願いを込めたメッセージとともに、広島市(平和記念公園の「原爆の子の像」)に送付しました。
平成27年度は、被爆地である広島・長崎の実相や現在の核兵器の状況をより多くの方に知ってもらうために、原爆と人間展を行いました。
また、「ヒロシマ・母たちの祈り」や「はだしのゲン」など、非核平和を願うビデオの上映も併せて実施しました。
なお、本事業の中で、市民の方々より寄せられた折り鶴約5,559羽は、平和への願いを込めたメッセージとともに、広島市(平和記念公園の「原爆の子の像」)に送付しました。
次世代を担う中学生を長崎市に派遣し、被爆者の体験講話や現地での平和学習を通じ、平和の尊さについて考え、被爆者の体験を学校の仲間や次世代に伝えることを目的として実施しました。
派遣事業の初年度となる平成27年度は、市内の各中学校から2名ずつ、合計10名の生徒が参加し、被爆地で学んだことや感じたことを、全校集会等で発表しました。
平成26年度は、被爆地である広島・長崎の実相や現在の核兵器の状況をより多くの方に知ってもらうために、サダコと折り鶴ポスター展を行いました。
また、「ヒロシマ ナガサキ」や「はだしのゲン」など、非核平和を願うビデオの上映も併せて実施しました。
なお、本事業の中で、市民の方々より寄せられた折り鶴約7,520羽は、平和への願いを込めたメッセージとともに、広島市(平和記念公園の「原爆の子の像」)に送付しました。
平成25年度は、被爆地である広島・長崎の実相や現在の核兵器の状況をより多くの方に知ってもらうために、ヒロシマ・ナガサキ原爆写真ポスター展を行いました。
また、「つるにのって」や「はだしのゲン」など、非核平和を願うビデオの上映も併せて実施しました。
なお、本事業の中で、市民の方々より寄せられた折り鶴約8,976羽は、平和への願いを込めたメッセージとともに、広島市(平和記念公園の「原爆の子の像」)に送付しました。
平成24年度は原爆と人間展のパネル展示を行いました。原爆と人間展は、原爆が落とされてから半世紀以上が経つ今でも「あの時」を知れるよう、また、被爆者の苦しみや怒りを忘れないよう、写真とわかりやすい文章で構成されています。
また、「ヒロシマ ナガサキ」・「原爆の体験談」など、非核平和を願うビデオの上映も併せて実施し、原爆を知らない世代にも原爆の恐ろしさを知っていただけたと思います。
なお、本事業の中で、市民の方々より寄せられた折り鶴約20,853羽は、平和への願いを込めたメッセージとともに、広島市(平和記念公園の「原爆の子の像」)に送付しました。
原爆被害者の方に当時のことを語っていただきました。実際に体験した方の言葉を通じて、原爆が与える影響や悲惨さを知ることができるDVDとなっています。
このDVDは原爆写真パネル展と同時に上映しました。
平成23年度は、核兵器の恐ろしさ、被爆者の苦しみを忘れないために、「サダコと折り鶴ポスター展」を開催しました。
また、「原爆の体験談」・「はだしのゲン」など、非核平和を願うビデオの上映も併せて実施しました。
なお、本事業の中で、市民の方々より寄せられた折り鶴約5,640羽は、平和への願いを込めたメッセージとともに、広島市(平和記念公園の「原爆の子の像」)に送付しました。
平成22年度は、原爆の恐ろしさ等をより多くの市民に伝え、平和の大切さについてもう一度考えてもらうことを目的に「ヒロシマ・ナガサキ原爆写真展」を開催しました。
また、「原爆の体験談」・「はだしのゲン」・「生命ある限り」を始めとする非核平和を願うビデオの上映も併せて実施しました。
なお、本事業の中で、市民の方々より寄せられた折り鶴約5,540羽は、平和への願いを込めたメッセージとともに、広島市(平和記念公園の「原爆の子の像」)に送付しました。
平成21年度は、戦争の悲惨さや核兵器の恐ろしさを若い世代に語り継ぐとともに、平和を守りぬくことの大切さ、生命の尊さを伝えるため、「原爆と人間展」のパネル展示を開催しました。
また、「はだしのゲン」・「核戦争後の地球」を始めとする非核平和を願うビデオの上映も併せて実施しました。
なお、本事業の中で、市民の方々より寄せられた折り鶴約4,490羽は、平和への願いを込めたメッセージとともに、広島市(平和記念公園の「原爆の子の像」)に送付しました。
平成20年度は、小・中学校、高校生など若い世代に原爆被害の実相と平和の大切さを伝えるため、「サダコと折り鶴ポスター展」を開催しました。
また、「はだしのゲン」・「ヒロシマ ナガサキ」・「つるにのって」を始めとする非核平和を願うビデオの上映とともに、市民主催による各種平和事業の後援を行いました。
なお、本事業等で、市民の方々等より寄せられた折り鶴約4,441羽は、平和への願いを込めたメッセージとともに、広島市(平和記念公園の「原爆の子の像」)に送付しました。
本年は、7月30日から8月10日まで市役所1階市民ホールにおいて、平和を願うパネル展示などを行いました。今回の展示は、広島市の平和記念資料館より「ヒロシマ・ナガサキ原爆写真ポスター」をお借りして、開催しました。
また、「はだしのゲン」・「Ideas for Peace 今を生きる者たちへ」・「ひろしまのピカ」を始めとする非核平和を願うビデオの上映も行いました。
なお、本イベントで、市民の方々等より寄せられた折り鶴約1,666羽は、平和への願いを込めたメッセージとともに、広島市(平和記念公園の「原爆の子の像」)に送付しました
平成18年は、核兵器のない21世紀にしたい、「再び核兵器による被害者を地球上につくってはならない」との思いから、日本原水爆被害者団体協議会が制作した原爆写真パネル「原爆と人間展」を購入し、その展示をはじめ、市民団体による2006年「夏」平和イベントや丸木位里・俊「原爆の図」写真展など、市民の皆さまと協力し、宣言を行った7月と原爆が投下された8月にさまざまな事業を開催しました。
日本原水爆被害者団体協議会から購入した原爆
写真パネル「原爆と人間展」の一部より
原爆写真パネル展示
「原爆と人間展」
(市役所1階ホールにて)
期間平成18年7月15日から8月30日まで
平成18年度平和関連事業(PDF:41KB)
鎌ケ谷市平和関連行事の会場案内図(PDF:87KB)
本年も、市民のみなさんからたくさんの折り鶴が寄せられました。
寄せられた折り鶴は、「鎌ケ谷から平和への想いを込めて」というメッセージを付し、広島市へ送付しました。
寄せられた折り鶴 6,513羽
平成17年は、終戦、そして被爆から60年目を迎える節目の年にあたり、郷土資料館による企画展「戦争の記録と記憶 in 鎌ケ谷」をはじめ、市役所におけるサダコと折り鶴ポスター展など、市民の皆さまと協力し、宣言を行った7月と原爆が投下された8月にさまざまな事業を開催しました。
サダコと折り鶴ポスター展(市役所1階ホールにて)
市民のみなさんから寄せられた
折り鶴とメッセージの数々
(展示場所 イオン鎌ケ谷店ショッピングセンター)
期間平成17年7月1日から9月4日まで
プログラム(PDF:101KB)
子ども向けプログラム(PDF:113KB)
感想集(PDF:508KB)
「平和への想い」メッセージ
(鎌ケ谷市東部学習センター内
フォークフレンズより寄せられたメッセージ)
本年は、被爆60周年を迎える節目の年であり、核兵器の恐ろしさなどを後世に伝え、平和への想いを全世界の人々に訴えていくため、市民のみなさんからの「折り鶴」と「平和への想い」のメッセージを募集しましたところ、市民のみなさんから、たくさんの折り鶴と平和への想いが寄せられました。
寄せられた折り鶴や平和への想いのメッセージをサダコと折り鶴ポスター展会場やイオン鎌ケ谷店ショッピングセンターに展示し、戦後60周年事業終了後に「鎌ケ谷から平和への想いを込めて」というメッセージを付し、広島市へ送付しました。
寄せられた折り鶴 15,360羽
「平和への想い」メッセージ 5通
平成16年度は、非核平和都市宣言から20年を迎える節目の年として、市民の皆さまと協力し、宣言を行った7月と原爆が投下された8月に記念行事を開催しました。
期間平成16年7月1日から8月31日まで感想集(PDF:588KB)
平成16年度は、20周年記念行事の一環として、市内の各小中学校の児童生徒の皆さんから、平和への願いが込められた、たくさんの折り鶴が寄せられました。
寄せられた折り鶴の一部を原爆写真パネル展会場に展示し、記念行事期間終了後、「鎌ケ谷の子どもたちから平和への願いを込めて」というメッセージを付し、広島市へ送付しました。
各小中学校から 12,928羽
市民のみなさんから 1,000羽
合計 13,928羽
鎌ケ谷市校長会の会長 中島校長先生より折り鶴を贈呈
(8月2日原爆写真パネル展セレモニーにて)
児童生徒が平和への願いを込めて折った折り鶴
広島と長崎に落とされた原爆の実態、戦争の悲惨さ、平和の大切さを知ってもらうため、原爆写真パネルを市役所1階市民ホールに展示し、非核平和を訴えました。
展示期間 平成15年7月28日(月曜日)から8月8日(金曜日)まで
入場者数 約1,500人
神奈川県在住の被爆者が描いた「原爆の画」展を、市の原爆写真パネル展と同時開催しました。鎌ケ谷市原爆被爆者折鶴会が主催し、市が後援しました。
原爆写真パネル展会場にて、非核平和を願うビデオを放映しました。
原爆写真パネル展の開催期間中に折鶴コーナーを設置し、市民の皆さんに折っていただいた折鶴を8月15日付けで広島市へ送付し、平和記念公園内にある「原爆の子の像」に捧げられました。
図書館にて、「戦争の悲惨さを伝え、平和の大切さを学ぶ」をテーマに、平和に関する児童図書や一般図書を展示しました。
展示期間 平成15年8月1日(金曜日)から8月22日(金曜日)まで
非核平和ビデオを放映
「ヒロシマ・ナガサキ」、「ひろしまのピカ」、「生命ある限り」、「つるにのって」
(生活協同組合ちばコープ鎌ケ谷・白井・印西支部主催、市後援)
7月22日(火曜日)から24日(木曜日)まで 市役所1階市民ホール
7月25日(金曜日)東部公民館(すいとんの試食も実施)
7月26日(土曜日)ちばコープ西白井店集会室
「つるにのって」、「核戦争後の地球 第1部(地球炎上)」、「核戦争後の地球 第2部(地球凍結)」
8月6日(水曜日)市役所1階市民ホール
「ヒロシマ・ナガサキ」、「つるにのって」
(8月5日(月曜日)から9日(金曜日)まで 市役所1階市民ホール)
写真展の開催(8月15日(木曜日)から31日(土曜日)まで まなびぃプラザ)
「報道写真に見る1945 1995」(朝日新聞社提供)
「昭和の記録」ビデオを放映
市民のみなさんから戦争体験文を募集したところ、被爆や空襲、出征、抑留など貴重な体験が25編寄せられました。これらを「市民の戦争体験文集」として取りまとめて発刊しました。
「ヒロシマ・ナガサキ」
8月1日(火曜日)から4日(金曜日)まで 市役所1階市民ホール
8月1日(火曜日)から4日(金曜日)まで 市役所1階市民ホール
(主催 生活協同組合ちばコープ鎌ケ谷支部 市・市教育委員会後援)
「報道写真に見る1945 1995」(朝日新聞社協力)8月1日(火曜日)から6日(日曜日)まで
「写真に見る鎌ケ谷の戦後史」(郷土資料館協力)8月8日(火曜日)から31日(木曜日)まで
「昭和の記録」ビデオを放映
(1)非核平和ビデオを放映 「ヒロシマ・ナガサキ」 8月5日(金曜日)
(2)ヒロシマ・ナガサキ原爆写真展を開催
(主催 生活協同組合ちばコープ鎌ケ谷支部 市共催、市教育委員会後援)
原爆写真展(8月1日(月曜日)市役所1階市民ホール)
原爆写真展、すいとんの試食(8月3日(水曜日)東部公民館)
原爆写真展、非核平和ビデオの放映「ぞう列車がやってきた」「つるにのって」他8月4日(木曜日)まなびぃプラザ
平和の集いを開催(主催 生活協同組合ちばコープ鎌ケ谷支部 市共催)
ヒロシマ・ナガサキ原爆写真展
すいとんの試食
インドの子どもと女性の現状の報告
日時 8月5日(水曜日)東部公民館
将来にわたって恒久平和を祈る市民の総意の象徴として、広島市から譲り受けた被爆石2片をはめ込んだ平和祈念碑を設置しました。
設置場所 総合福祉保健センター正面入口
横55センチメートル×縦36センチメートル×厚さ15センチメートル
重量60から70キログラム
種類 花崗岩(御影石)
横64センチメートル×縦45センチメートル×厚さ15センチメートル
重量 約80キログラム
種類 花崗岩(御影石)
いずれも御影石ですが、被爆の時の熱で表面はざらざらになっています。
透きとおった葉脈を滑るひと粒のしずく
朝の太陽をあびたきらめきは
あの昭和20年夏の閃光とは異質なものだ
風にのって運ばれる小鳥のさえずりも
爆風でかき消された絶叫とは別世界の調べ
ここに集え
水滴に映る「平和」を見よ
この道標の先にはわたしたちの道が続いている
「千の太陽より明るい」これは、昭和20年7月16日、ニューメキシコ州アラモゴード砂漠で行われた史上初の核実験を目撃した人の言葉である。このわずか3週間後には広島に、そして長崎に原子爆弾が投下された。それは人類初めての被爆体験であった。
8月6日、広島は静かな朝を迎えていた。午前8時15分、上空8500メートルから投下された原子爆弾は、市の中心部上空580メートルで爆発した。その瞬間、爆発点は数百万度に達し、直径280メートルの巨大な火の玉と化して人びとの頭上を襲った。
爆心地にいた人たちは3000度から4000度の熱線を浴び、瞬間的に燃焼。跡形もなく蒸発した。1キロメートル以内にいた人たちは大やけどを負い、ほとんどの人が即死または数日以内に死亡した。熱線は爆心地から2キロメートル以内の燃えうるものすべてを炎上させ、3.5キロメートルはなれた人びとにもやけどを負わせた。
爆風による被害も広範囲に及んだ。爆心地付近のコンクリート建物、2.3キロメートル以内の木造建物をなぎ倒し、16キロメートルはなれた窓ガラスをも破損させた。
この熱線と爆風によって、市域の42パーセント、鎌ケ谷市域の約1.5倍にあたる30.3平方キロメートルが罹災した。
深刻な被害は続く。放射線が人びとの体に食い入ったのである。爆心地から1キロメートル以内で直接放射線を浴びた人は、発熱、おう吐、下痢、出血などの急性放射線障害によってほとんどの人が亡くなった。爆発後、放射性物質を多量に含んだ巨大な「きのこ雲」が上空に舞い上がり、死の灰となって地上に降り注いだ。このため爆心地から遠くはなれた地域にいた人も放射線による障害に見舞われた。
広島が生き地獄と化した3日後の8月9日午前11時2分、再び長崎に原子爆弾が投下された。
当時長崎の人口は約27万人。そして被爆後3か月以内の死亡者は約7万人。一方、広島の人口は34万人から35万人。被爆後5か月以内の死亡者は約14万人とみられている。
放射線による障害は、被爆後数年を経過してから白血病、悪性腫瘍などとして発現することもあり、今なお35万人以上の被爆者の生命を脅かしつづけている。
現在、世界には広島型原子爆弾に換算して約130万発の核弾頭があると推定されている。たとえそれが戦争に使用されないとしても、偶発的な事故が起こらないという保障はない。人類は今、自らの命を絶つための準備を進めているとさえいえる。
平和祈念碑に設置した石魂は、爆心地より1キロメートルの地点で被爆した広島市旧庁舎の敷石と、2.5キロメートルの地点で被爆した広島信用金庫横川支店の敷石である。核兵器による極度に残虐な光景を呑み込んだ物言わぬ証人である。
鎌ケ谷市民が被爆者とともに、そしてもはや帰らぬ犠牲者に代わって核兵器の廃絶と世界の恒久平和を訴える碑とするため、同市と同信用金庫のご厚意により、平成2年8月に譲り受けたものである。
次の言葉とともに
ノー モア ヒロシマ
No more Hiroshima
平成3年10月
非核平和宣言都市
鎌ケ谷市
非核平和都市の象徴として平和記念像「かたぐるま」を設置しました。
記念像の制作にあたっては、市内初富に住んでいる彫刻家・酒本雅行さんに全面的な協力をいただき、ブロンズの母子像を作ることができました。また、台座は台座制作業者から好意により寄附されたものです。
制作者の酒本さんは、「非核平和都市宣言を求める声が市民からわき起ってきたところに価値があります。ブロンズ像は母親と子どもが安らげるような社会が末永く続いてほしいとの願いを込めて造りました。」と話していました。
平和記念像 「かたぐるま」
設置場所 市庁舎前広場
市議会6月定例市議会に、住民から「平和都市宣言」を求める陳情書が出され、また市議会も「核兵器廃絶、世界恒久平和に対する世論を喚起する宣言を」と議員発議で出されました。これらはいずれも採択、可決されました。
そして、定例会最終日の7月2日、核兵器廃絶と軍備縮小を求める「非核平和都市宣言」を行いました。
核兵器廃絶を求める平和宣言都市としては、習志野市、四街道市に次いで千葉県下3番目です。