第6回 昭和の景観(2)東武鉄道鎌ヶ谷駅
更新日:2023年3月29日
市広報より郷土資料館へ移管された写真の中には、市域の鉄道・駅やその周辺を撮影したものが多数あります。その中から今回は、いかにも昭和の時代のというおもむきを色濃く見ることができる、東武鉄道野田線(現東武アーバンパークライン)鎌ヶ谷駅を撮影した昭和46年(1971年)の写真を3点取り上げてみました。
市域に関わる最初の本格的な鉄道である東武鉄道野田線の前身は、大正12年(1923年)12月に営業を開始した北総鉄道で、この時鎌ヶ谷駅も開業しました。その後、北総鉄道は、昭和4年(1929年)に大宮(現埼玉県さいたま市)まで延伸したことにともない、総武鉄道と改称しました。さらに、太平洋戦争下の昭和19年に東武鉄道へ吸収合併され、現在にいたっています。
鎌ヶ谷駅は、高架化にともない橋上の駅となり、現在では改札から東側・西側どちらへでも出ることができます。それより以前は西口しかありませんでした。ここでは、この時代の鎌ヶ谷駅西口付近の様子を撮影した3枚の写真をご紹介いたします。
写真1 東武鉄道鎌ヶ谷駅(昭和46年〈1971〉10月)
この写真は、鎌ケ谷が市制を施行した約1か月後に西側方向から撮影された鎌ヶ谷駅です。この当時の鎌ヶ谷駅には、船橋方面の下りホームへ行くための跨線橋があったことがわかります。また、現在の東口付近は林であったことが知られます。なお、市内の企業や店舗などに勤めている人たちが駅舎へ向かっている様子が見えますが、服装に昭和40年代半ばころの世相をうかがうことができます。いかにも昔の駅という風情です。
【注釈】跨線橋 線路の上を通り反対側のホームへわたる歩道
写真2 鎌ヶ谷駅前広場南側(昭和46年〈1971〉7月)
写真3 鎌ヶ谷駅前広場北側(昭和46年〈1971〉7月)
鎌ヶ谷駅前には南北に細長い広場がありました。写真2・3はその場所の南側と北側をそれぞれ撮影したものです。改札口を出て左手に進んだ南側には、「すずらん通り」へ向かう小道が線路沿いにあり、駅の東側へは、その先の踏切を渡って行くのが主なルートでした。
写真2を拡大してみると、「のぼりや小鳥店」「木村毛糸店」など当時存在した店舗の看板が見えます。写真3は南側から反対の北方向を写したものですが、拡大してみると、奥に「浅海不動産」「渡辺新聞店」の店舗が見えます。また、右側には、駅舎と跨線橋、そしてソメイヨシノとみられる樹木が撮影されています。両方の写真には、当時の乗用車や自転車なども写り込んでいます。
【写真の店舗について】下に各写真の店舗部分のアップを掲載しています。
写真2 左奥の建物が毛糸店、中心やや左の白い車の先に小鳥店があります。
写真3 中心やや左側の白い看板が不動産店舗、その奥の屋根が見える建物が新聞店になります。
写真2の南方向の店舗
写真3の北方向の店舗
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